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高松高等裁判所 平成5年(ラ)55号 決定

抗告人

小松保

小林龍一

鈴木忠吉

右三名代理人弁護士

横川英一

相手方

ファーストクレジット株式会社

右代表者代表取締役

岸本恭博

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨は、原決定を取消し、相手方の申立を却下するとの裁判を求めるというものであり、その理由は別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

1  一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  相手方は抗告人小松保に対し、平成二年八月三一日、金二億五〇〇〇万円を貸し渡すとともに、同日、同人所有の原決定添付物件目録(1)、(2)記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同各土地上の建物二棟(いずれも二階又は三階建、延床面積335.76平方メートル。以下「旧建物二棟」という。)について共同抵当権の設定を受けた。

(二)  抗告人小松保は、平成三年七月二七日に支払うべき右借入金の約定利息金の返済を怠り同日の経過により分割弁済につき期限の利益を喪失し、以後の支払をなさなかった。

(三)  同抗告人は、平成四年一月五日、相手方に無断で旧建物二棟を取壊した。その後同月一六日、本件土地の両土地に跨がる形でプレハブ製の原決定添付物件目録(3)記載の建物(以下「本件建物」という。)が建築され、同月三〇日、旧建物二棟の滅失登記と本件建物の表示登記がなされた。

そして、本件建物につき、同年二月五日、田尻秀紀名義の所有権保存登記がなされ、次いで同年三月二七日、同月二〇日代物弁済を原因として、抗告人小林龍一への所有権移転登記が経由された。

(四)  相手方は、平成四年七月二日、高知地方裁判所に本件土地の不動産競売を申し立て(平成四年(ケ)第一〇六号事件、以下「基本事件」という。)、同裁判所は、同月六日、同開始決定を行い、同月一五日、抗告人小松保に同開始決定の送達がなされた。

(五)(1)  基本事件について、平成四年七月二〇日付け現況調査命令に基づき、執行官の立入調査が行われ、本件土地は駐車場として、本件建物はその管理事務所としてそれぞれ使用されていることが判明したが、その占有者は明らかでなかった。

(2) そこで、執行官が、同年九月一〇日、本件建物の所有名義人である抗告人小林龍一に対し質問書を送付したところ、同抗告人は、同月一七日到達の回答書で、同抗告人が、抗告人小松保から本件土地を、敷金一〇〇万円、権利金五〇〇万円、賃料一か月一〇万円(ただし、賃料の前払一二〇万円)、賃貸借期間平成四年三月二〇日から平成六四年三月一九日までの約定で賃借し、本件土地の四分の三に対する駐車場の営業権を一か月二〇万円の賃料で抗告人鈴木忠吉に賃貸している旨回答した。ところが、抗告人小林龍一は、執行官の質問書で契約書の写しを同封するよう求められ、右回答書で、抗告人小松保・同小林龍一間の賃貸借契約書が存在する旨回答しながらも、右契約書を同回答書に同封しなかった。

(3) さらに、執行官が、同年一一月一九日、再度、抗告人小林龍一に対し質問書を送付し、抗告人小松保・同小林龍一間の賃貸借契約書の提出を求めるとともに、抗告人小林龍一・同鈴木忠吉間の賃貸借契約の内容について回答を求めた。これに対し、抗告人小林龍一は、同月二六日到達の回答書で、同抗告人は抗告人鈴木忠吉に対し、本件土地全体を平成四年三月二〇日から平成九年三月一九日まで一か月一七万円の賃料で、本件建物を平成四年三月二〇日から平成七年三月一九日まで一か月三万円の賃料で、それぞれ賃貸している旨回答するとともに、同回答内容に沿う本件土地賃貸借契約書及び本件建物賃貸借契約書の各写しを同封したが、抗告人小松保・同小林龍一間の賃貸借契約書は同封しなかった。

(4) 一方、執行官は、平成五年一月六日、抗告人小松保に対し質問書を送付したところ、同抗告人は、同月一八日到達の回答書で、平成四年三月二〇日に本件土地を、敷金五〇〇万円、権利金及び賃料の前払いはなく、賃貸期限の定めもなく、抗告人小林龍一に賃貸した旨回答した(なお、賃料額の回答はなかった。)。

また、抗告人ら側から、平成五年一月一四日に提出された、抗告人小松保・同小林龍一間の平成四年三月二〇日付け本件土地賃貸借契約書によると、右の賃貸借期間は平成四年二月二五日から平成九年二月二四日まで、賃料一か月一〇万円となっており、敷金、権利金、賃料の前払いに関する約定の記載はなかった。

(六)  執行裁判所は、平成五年三月一六日の審尋期日に、抗告人小林龍一及び同鈴木忠吉を呼び出したが、両名とも出頭せず、同年四月一三日の審尋期日には抗告人鈴木忠吉が出頭して、前記抗告人小林龍一・同鈴木忠吉間の本件土地賃貸借契約書及び本件建物賃貸借契約書の記載に沿う内容の陳述をしたが、同年五月二〇日の審尋期日に呼び出された抗告人小松保は出頭しなかった。

2 ところで、民事執行法一八八条で準用される同法五五条一項は、不動産競売手続について、債務者又は所有者(民事執行法五五条一項は「債務者」と規定しているが、同法一八八条で準用される場合は「債務者又は所有者(以下「所有者等」という。)」と読み変えられる。)に対し売却のための保全処分を発することができる旨規定している。しかして、右の「所有者等」には、所有者等の占有補助者が含まれるものと解されるところ、所有者等が競売手続妨害目的で自己に代わる第三者に占有を移転した場合には、当該占有者は、所有者等の占有補助者に該当するものであり、しかも、当該抵当権の設定登記後のものであれば、右占有の移転時期が差押えの前後を問わず、当該占有者に対して競売のための保全処分を発することができるとするのが本件制度の趣旨に合するものと解される。

本件については、前記認定事実によれば、本件土地の所有者である抗告人小松保は、相当の理由もなく本件の抵当権者たる相手方に無断で、その共同担保の目的物の一部たる旧建物二棟を取壊したが、その直後に、本件土地の両土地に跨がる形で床面積わずか10.10平方メートルに過ぎないプレハブ製の本件建物が建築され、しかも、わざわざ建築直後に前記の表示及び保存登記手続がなされるとともに、右保存登記後二か月以内に抗告人小林龍一への所有権移転登記が経由され、現在まで、本件土地及び本件建物は抗告人鈴木忠吉が占有し、抗告人らの主張する抗告人小松保・同小林龍一間の本件土地賃貸借は、前記のとおり、賃貸借期間、敷金、権利金、賃料の前払について、抗告人小林龍一の回答、同小松保の回答及び本件賃貸借契約書の記載内容が相互に一致せず、しかも、右賃貸借契約書については、執行官からの催告にもかかわらず、抗告人小林龍一はこれを提出せず、一方、同じく抗告人ら主張の抗告人小林龍一・同鈴木忠吉間の賃貸借についても、抗告人小林龍一の回答内容は前後矛盾しており、その提出された二通の賃貸借契約書についても、本件土地は駐車場、本件建物はその管理事務所として一体使用されているものであるから、正常な賃貸借であれば本件土地と本件建物の賃貸借期間は同一となるはずであるにもかかわらず、同契約書によれば、本件土地については五年、本件建物については三年の、それぞれ民法三九五条の短期賃貸借期間に該当する賃貸借期間となっていて、不自然な内容であり、これらの事実に、執行裁判所の審尋期日における抗告人らの不出頭の状況等を勘案すると、抗告人らは、相互に意思を通じて本件不動産競売手続の実行を妨害する目的で賃貸借を仮装したうえ、本件土地上に本件建物を建築して本件土地を占有するに至ったものと認めるのが相当である。

また、前判示のとおり、本件土地上の共同抵当物件である旧建物二棟を取壊して、第三者所有名義の本件建物を建築し、賃貸借を仮装して、抗告人小林龍一及び同鈴木忠吉が本件土地及び本件建物を占有する行為が本件土地の価格を著しく減少する行為であることは明らかである。

以上によれば、本件土地の所有者である抗告人小松保並びにその占有補助者である抗告人小林龍一及び同鈴木忠吉に対して、原決定主文掲記の売却のための保全処分を発することができると認めるのが相当というべきである。

なお、抗告人らは、本件建物について法定地上権が成立すると主張し、確かに、土地とその地上建物に抵当権が設定された後、地上建物が滅失し、土地所有者により建物が再築された場合、あるいは建物の滅失後に賃貸を受けた借地人により建物が再築された場合には、当該建物について法定地上権の成立する余地があるが、しかし、その場合は、当該抵当権設定当事者間なしい新規の土地賃貸借当事者間において正常な法律関係が存続し、正当な利用関係が継続されていることが前提であり、本件の場合のように、抵当権設定者(所有者)やこれに関係する履行補助者において、いわゆる執行妨害を企図していることが明らかであって、その一環として建物(しかも本件では僅少な建物)が再築されたという場合は、全くこれと趣を異にするものというべく、換言すれば、正当な利用関係が存続せず、何人がいかなる権原のもとに本件土地を占有し、本件建物を建築所有するに至ったのか、その詳細が不明で混沌とし、法定地上権発生の基礎をなす土地利用関係が明確でなく、正当に保護さるべき法律関係が欠如しているものというべく、これを前段所述の場合と同等に取り扱うことは、一方的に抵当権者に著しい損害を与えるものであって、取引上の信義則にも反するばかりでなく、また、公正な競売制度の維持にも悖る結果となるから、本件においては、法定地上権の発生を是認すべきではないと解するのが相当であるというべく、したがって、この点に関する抗告人らの前記主張は採用できない。

三結論

よって、原決定は相当であって、本件抗告はいずれも理由がないからこれらを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 砂山一郎 裁判官 上野利隆 裁判官 一志泰滋)

別紙執行抗告理由書

一 本件は、差押前から抗告人小林、同鈴木(以下名前のみで略称する)が本件土地の賃借権を取得したケースである。

まず、第一に小林、鈴木は債務者(所有者)ではなく、第三者である。次に小林、鈴木は差押前から本件土地を占有しているのである。

売却のための保全処分の相手方は、解釈上、債務者(所有者)とその占有承継人とされており、差押前の占有者はこの保全処分の相手方となし得ないと考えられている(新日本法規、民事執行の実務一九九頁、民事法情報センター債権管理NO・五五、三六〜三七頁)。

従って、そもそも原決定は、小林、鈴木に対しては保全処分をなし得ないものである。

原決定は民事執行法第五五条一項、同一八八条に違反し、取消を免れない。

二 物件目録(3)の建物収去について

1 物件目録(3)の建物のため本件土地について法定地上権が成立するものである。

共同抵当権が設定された土地、建物のうち建物が滅失し再築された場合に、再築された建物には法定地上権が成立すると考えるべきである。

土地と地上建物に共同抵当権が設定された場合、競売により、土地と建物が別異の者に帰属する場合には、法定地上権が成立することは、判例学説上争いがない。抵当権設定後に建物が滅失し、再築された場合も新建物について、旧建物が存続していると仮定した限度での法定地上権が附着するというのが、判例である(大審院昭和13.5.25・民集一七巻・一一〇〇頁大阪高裁昭和63.2.24・判時一二八五号・五五頁東京高裁昭和六二(ラ)八〇九号、昭和63.2.19決定、判時一二六六号・二五頁)。

従って、本件の場合、田尻が新建物を建築しているが、第三者が建物を再築した場合でも法定地上権が成立するというべきである。

2 これらの判例の考え方は、これまでの判例学説の主流をなしているものである。

抵当権者は、もともと建物の存在を前提として土地抵当権を取得したのであり、土地の抵当権は法定地上権に相当する価格を控除した担保価値を把握しているにすぎない。従来の判例、学説は民法第三八八条をできるだけ緩やかに解釈し、建物の敷地利用権をできるだけ認めようとしてきた。

東京地裁ではこれらの従来の判例説と異なる実務処理がなされているとの事であるが、従来の主流たる考え方からすれば、誤った処理といわざるを得ない。

以上のとおり、本件では法定地上権が成立する可能性が高いのであって、小林に建物収去を命ずる原決定は民法三八八条に反し、違法である。

三 小林、鈴木の占有権限

1 小林は、小松から差押前である平成四年三月二五日から本件土地を賃借りし、鈴木は小林から転借りしている。

2 小林の賃借権は、契約書から明らかなとおり、五年を超えないものであるから、民法三九五条により、保護される。従って小林の賃借権、鈴木の転借権双方ともに有効である。物件目録(3)の建物は登記もなされている。

3 仮に、小林の賃借権が前記より長期である場合も五年の範囲内で効力があると解すべきである。

抵当権設定後の賃借権について、確かに最高裁は民法六〇二条の定める期間を超える賃借権について、全く効力がないものとする。

しかし、この考え方は多数の学説により批判されている。即ち担保権と用益権の調和の観点から民法六〇二条の期間を超えない範囲で賃借権を有効と認めることが妥当だからである。

以上のとおり、小林、鈴木の賃借権、転借権は保護されるべきであり、原決定は取消されるべきである。

四 小松に対する保全処分

以上のとおり小林に対する賃借権設定が有効であり、又競落に際し、法定地上権が成立するのであり、小松は適法な行為をしたにすぎない。又小松の陳述書から明らかなとおり、小松が旧建物を取壊した目的は任意売却をしやすくするためであり、物件目録(3)の建物を再築した目的は、田尻をして賃料収入をあげ、自己の債務の弁済にあてるためであり、執行の妨害を目的としたものではない。以上のとおり、小松は競売不動産の価値を著しく減少させ、又は減少させるおそれのある行為をしたとはいえず、小松に対する仮処分も又違法といわざるを得ない。

附属書類

1 陳述書(小松保作成) 一通

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